人類を麻痺させるための心理兵器としての目に見えないウィルス


COVID-19によるトラウマ、恐れ、偽りの現実の知覚
個人的および集団的な催眠状態から解放されるべく、私達の振動を向上させる

恐れの科学:いかにエリートが、私達をコントロールするために恐れを用いるのか


恐れは、あらゆる偉大なマニピュレータの最高の武器だ。 それがいかに愚かなことでも構わず、人々に何でもさせ得る。 COVID-19の詐欺を例に挙げよう。
エリート主義者らは、民衆をコントロールするために絶え間ないパニック状態を維持しなければならない。 恐れのない人は、共感力があり、コントロールできない。 遺憾ながら、批判的な考えを取り除くために、プロパガンダが学校に入り込んだことは、驚きではない。 学校では、ある形で考えることが教えられた。 私達は、何を考えるべきか教わったが、いかにして自分の思考を展開するかは、習わなかった。 そして誰もが、同じことを教えられた。
今や考えるようにプログラムされてきたことに疑問を呈する時が来た。 私達はそこから始めるべきだ。 私達の感情はエネルギーであり、全てがその周波数を有する。 私達がより下にいればいるほど、私達を暴政に従わせ、遵守させるべく、操るのはより容易となる。 恐れることなく人生を生き、自らを解放しよう。 批判的思考法を身に着けよう。 言われることに疑問を持とう。 己と響き合うものを見つけ、己の真実を表現しよう。

私達は結局のところ、集団的なトラウマを解消できるのか?


私達は高貴な性質や偉大な霊、聖なる魂を持つ人種である。 そうではあっても、世界で起こっていることを見ると、最低でも完全な狂気である。 私達は世界規模の集団トラウマを経験している。 この不条理な病は、個人および集団のマインドや、同じく私達の社会システム全体を汚染し、感染をもたらしている。 不条理なマインドの存在は、魂の病気のようなものであり、集団的な無意識における混乱として顕れる。 人がトラウマを感じる際、さらなるマインドのプログラミングや、多様な外からの影響や説得に対し、弱くなる。 意識することが、おそらく不条理なマインドに対する最善の解毒剤である。
人間の思考の現代の模範は、強欲や競争、野心、物質主義、エゴイズムといった特徴を主軸にして、条件づけられてきた。 人類は、自らのトラウマによる眠った状態から目覚めるために、集団で闘っているようだ。 もし私達が、周囲の世界に調和や分別をもたらせないなら、少なくともそれらを内面で発育するべきだ。 今こそ、この呪われた夢から覚め、私達の個人的および集団的トラウマを決定的に治す時だ

Covidのトラウマに基づくマインドコントロール


多くの人々のとって、このトラウマは、潜在意識のレベルでの麻痺を生んでいる。 潜在意識の麻痺状態において、人々は従う。指示を守る。眠りながら歩く。 麻痺状態のベールに加え、さらには実際の権力を盛んに擁護さえする。 今やこれに、ストックホルム症候群が加わる。
命令によって、力で統治される人々は、しばしばその迫害者への愛着や忠誠心、さらには病的な愛すら抱く。 目覚めないことは、妥協の状態を生き、政府の発表や指示を受け入れ、刺激-反応に従って、それらを果たし、適応し、普通に行動し、順応し、振る舞うことを意味する。
目覚めるとは、個人が新しい、異なるレベルで人生を生きることを意味する。 真実を経験することを示す。 それが、私達に課された現実に直面させる戦術を生む、初歩の歩みとなる。

COVID-19:トラウマと催眠術


COVID-19:いかに体系的に、ワクチンを接種させる目的で、世界の人々に恐れを吹き込んでいるのか。 これは実際のものではないですが、今や現実にしようとしています。 また、基本的な人間の必要性の制約も行われています。 つまり、呼吸が制限され、また人が最も望むことが制限されています。
私達は近しさや物理的接触、ハグを必要としています。 このように言われます。『それを今やってはいけない!危険すぎる!』 世界中のSNSでも起こっています。 危険ではないと言わないように、あまりにリスクが大きいから、と。 危険なのかを疑うことすらできません。 なぜならそれが既に、実に危険だからです。 あたかも戦争のプロパガンダの様です。 公式の筋書きを共有しない人は誰であれ、まさにこの社会での敵で、その人をそのように扱うべきなのです。
実際、これは典型的な報酬と罰の行動療法です。 今や、この筋書きに従わない人は、罰せられるでしょう。 常に言っているのですが、コロナウィルスのパンデミックは、かつての無力感や惨めさの経験を呼び起こします。 私達トラウマ心理学者が『再トラウマ化』と呼ぶものです。 それが私の場合にも、また今現在私が一緒に働いている多くの人にも見られます。 これは、社会の共同体が分裂する、『人間によって為された惨状』が起こる時のことです。 そうして、二つの役割に分かれるのです。 加害者とその追従者、つまり加害者を信じ、関与し、共犯である人達と、そしてより被害者の側に立ち、後には恐らくまた抵抗する者達とに。
加害者がこう告げるからです。『あなたは加害者だ。』 したがって、加害者の見解では、抵抗する被害者は、犯罪者とみなされ、そう称されるのです。 また、次の力学も見られます。 被害者は、自分自身をそのように見ません。 なぜなら『自分は被害者だ』と言うのは、極めて強烈だからです。 とても恥ずかしく、当惑させられます。 誰も被害者になりたくありません。 それゆえ、被害者は次のことをします。 加害者に自分を重ねるのです。 なぜならそうすることで、被害者になるという経験を避けられるからです。
それゆえ、ワクチンの義務づけの概念は、おそらくは最終段階で初めて導入されるでしょう。 なぜならその時、人々ははっきりとこう述べるだろうからです。
「ああ、今度こそ私は被害者だ。だが、本当にそうなりたいのか?  全てがこのように、少しずつ進む限り、大半の人はこう考えます。 『まあ、何とかしのげるだろう。』 したがって、加害者側につく傾向は、まだ極めて高いのです。 たいていの人は、加害者としての己の役割を自覚していません。 なぜなら己の被害者の状況を自覚していないからです。 これらのことは、幼少期、2歳になる前のトラウマに由来するので、その情報を持っていないのです。 人々の大半は、それについていかなる概念も、イメージも、記憶も持っていません。 その被害者化は実に無意識であり、そこでまた、自ら行ったことについてもそうなのです。
私達が人間として、己の破壊性を外界の何かに投影することは、極めて興味深く思えます。 たとえば私はそれを隣人に投影します。 『彼は実にひどい人だ』という風に。 私達の誰一人として、誰かに己の破壊性を投影しない人はいません。 この状況の特別な点は、今やそれをウィルスに投影していることです。 したがって、ウィルスにより、私はあらゆる破壊性を解き放つ白紙委任状を手にするのです。 それが、ロックダウンやその全てをもって為されていることです。 私のせいではないし、私の責任でもない。 ウィルスに最終的な責任があるのだ、と。
トラウマの生き残り戦略の一つは、私達の頭に『入り込む』ことです。 パンデミックの組織者らにとっては、人々が四六時中死者の数を議論して、その「知的な」議論の全て、今や加害者である者達への要請の全てがそうです。 たとえ彼らは加害者だと思っておらず、救済者で『善行を施す者』でしかないと考えていようと、彼らは常にマインドをもって、この生き残り戦略を用いるのです。 いかなる議論にも抵抗できるような形で。
私は常にこう言います。 トラウマの生き残り戦略とも、また被害者の、あるいは加害者の態度とも、闘うな、と。 なぜならあなたは彼らにとって、ボクシングの相手なのです。 どんな加害者も、長期的には加害者でないと確信していません。 加害者は、自分が行ていることを感じ、己を落ち着かせるため、あるいはその環境において自己主張するために、その役割に特有の態度を身に付けるはずです。 主に戦わないことです。 加害者に対して戦わない、その態度に対して戦わない、そうではなく自分で自分を守ること、自分の考えを守ることです。 人生における私の役割は何か?  私はどのように生きたいのか?  どのような関係を築きたいのか?  あなたのポリシーを守ってください!」

無知を脱却し、人類全体にトラウマを引き起こすための、邪悪な世界的アジェンダが存在することを知るべきだ。 今大切なのは、意識・光を目覚めさせることであり、そのためには、落ち着きと穏やかさを保つことが肝要だ。 そして、何よりもパニック状態に陥らないことだ。 そのようにして、私達を取り囲む集団催眠から脱却するためである。 魂のアイデンティティを失い、内面の価値観を裏切り、己の宇宙の起源を忘れて、恒久的な隷属に支配されて生きることを許してはならない。