瞑想:自分を発見するための門なのか


瞑想:自分を発見するための門なのか

ある小学校が、子供達に瞑想させ、大きな成果を得る


現在の瞬間にたえず私達の注意を向ける実践が、いかなる瞑想の形態においても、カギとなる。 これは、ほぼ全ての経験を、瞑想を通して行い得るということだ。

ミンジュル・リンポチェ ネパールの教師、チベット仏教の尊師


「私達は、いつでも、どこでも、瞑想できます! たとえ、2、3秒であっても。 あなたが歩いている時、コーヒーあるいはお茶を飲む時、あるいは会合中に、瞑想することができます。 多くの人は、瞑想ということについて、完全には判っていません。 瞑想というのが、『何も考えるな、集中しなさい!』というものだと考え、そうして過剰にプレッシャーをかけるのです!
私達は、思考や感情をブロックすることはできません。 実際、それらは必要です! 要は、私達の『猿のマインド』を聞くかどうかなのです! べらべらとおしゃべりするマインドのことを、私は『猿のマインド』と名づけています。 猿のマインドは、私達にその意見を言います。 その意見を聞くかどうかは、私達次第です。そうではないですか? 瞑想を通して、私達は『猿のマインド』の友達にならなければなりません。
では、どうやって? 猿にバナナをあげるだけでは、それはできません! 正しい方法は、『猿のマインド』に仕事を与えることです! どうやってか?  瞑想のシンプルな訓練は、呼吸を意識することです。 あなたの『猿のマインド』にこう要請するのです。『呼吸を観察しなさい。』 『猿のマインド』は言います。『そうだね、良い考えだ!』 そして呼吸を意識します。 吸って、吐いて、吸って… 奥底にはたくさんの考えが存在しますが、心配には及びません。問題ありません。 その呼吸について忘れないなら、全てはうまくいきます。 過剰な集中は必要ありません。 ただ、呼吸を意識するだけです。 吸って、吐いて、吸って… それゆえ、いつでも、どこでも、私達は瞑想し得るのです。」

瞑想:新たな次元への扉


瞑想の状態を深める時、私達の意識は思考の奔流から離れる。 そこで、感情や記憶、時間、肉体への同一視が消え始める。 私達は、新たな次元を文字通り意識するのだ。 私達がその新たな次元に目覚める時、あらゆる閉塞感が消滅する

瞑想:時間を私達の味方につける

 トム・キャンベル
「瞑想は、私達の現実を定義するデータの流れとの接続を絶つよう教えます。 私達の一人一人は、データの奔流を抱えています。 それらのデータが私達の現実を定義し、私達はそれが現実だと解釈します。 この現実から完全に自分を切り離すことで、私達はもはやその現実の中にはいなくなります。 そのデータの奔流全てを凌駕することで、もはや私達はその現実の中にはいなくなります。 なぜならデータの奔流がその現実を定義するからです。 それが第一です。単なるデータの奔流にすぎません。 瞑想し、接続を絶つのです。 それが意識の段階であり、私達が空の中を漂うただの意識の点となる時に達成するものです。 何も見ず、何も聞かず、何も感じません。 ただ、空に漂う意識の点でしかありません。 そこでは、もうこの(実際には仮想空間である)『物理的現実』のデータの奔流を受けることも、解釈することもありません。 私達が接続し得る、この単なる現実以上のことが、たくさんあります
ですから、その成長にとってやはり実り多いものである、他の現実に接続しましょう。 私達は既に、それを自然な形で行っており、それを夢の現実と読んでいます。 それは、異なる現実の枠組みで、異なるデータの奔流であり、それは実り多いものです! 私達は夢の中で、多くの事柄を解決します。 それぞれのバーチャルリアリティーは、独自の時計を持ちます。 私達の夢の現実は、目覚めている時の私達の現実と同じ時計で機能しません。全く異なっています。 そこでは、現実の他の枠組みに行くことができます。 そこで過ぎる時間は、ここで過ぎる時間と同じである必要はありません。全ては異なっています。 それは、作業するには極めて実践的な空間です。 私達がこの現実では達成し得ない明晰さや正確さを達成します。 なぜならここでは、他の多くのデータが私達に届くからで、他の全てと共に、そのささやかなデータの糸を集めようとすると、難しいのです。 それはまるで、20人の人が一度に会話している、満員の部屋で仕事をしようとするようなものです。 もっと難しくなります。
私達がただ一つのことに集中し、正確な質問を行い、自分のしたいことを示し、それをどのようにしたいのかを示す、別の現実を達成するなら、その時私達は、何日も、何週間もかかり得ることが数分でできることを見出すでしょう。 それはおそらく、他のどんな場所でもできないことです。 この空間にいることは、実に生産的です。 その『異なる現実』の中では、私達の接続するデータの奔流に応じて、多くのことができます!
どのようにするのでしょうか? 私達の意図、物事を行い、理解し、それが起こる、あるいは起こらないようにする意志を用いるのです。 それが、私達をデータの奔流と接続させ、その意志を具現させるでしょう。 私達がこの奔流の流れとの接続を断とうと意図する時、それが瞑想といえます。 私達が接続を断ち、他の異なる奔流と接続しようと意図するなら、そうすれば、私達は異なる現実の枠組みの中に入るでしょう。 その現実の枠組みのことは、『体の外』あるいは『マインドの外』、もしくは『物理的宇宙の外』にいる、あるいは単にデータの奔流を変えるだけと言うことができます。 体を離れて、別の現実の枠組みの中を飛躍する経験は、エキゾチックで、特異あるいは奇妙である必要はありません。 私達は、そういったことを言うことができますが、それらは描写するための比喩に過ぎず、必要ないことです。
もし何らかのテーマについての情報を集めたいなら、それが私達の意図になります。 私達が探す情報の源と、異なる情報の奔流と接続することができます。 もし自己分析し、私達の恐れが何であるかを見出したいなら、エゴが私達をどのような種類の問題に陥れるのか、私達はエゴを持っているのか、それは何か、もし他者を、あるいは他者と私達が持つ相互作用を理解したいなら、あるいは私達がどうすればより良い働き手、夫あるいは妻、あるいは何であれ、より良いものとなり得るのかを知りたいなら、この状態でそれらを行うことができるのです。 なぜなら、私達はもはや、この物理的現実の中でやっている訳ではないからです。 それらの問題を、注意100%をもって扱うことができます!」

ポジティブな思考が生まれれば生まれるほど、世界はよりポジティブさを作る。 自分の内面作業をすることで、世界を変えることができる。 私達の潜在的な力の全てを解放し、エゴを解消し、いつも私達の一人一人を通して流れている生命の力を目覚めさせるためのカギは、瞑想である