宇宙意識の探求

 宇宙意識の体験は、言葉で言い表すことのできる範囲を超えている独特な瞬間です。 魂が高揚して肉体という住まいから脱し、無限なる〈創造主/神〉とひとつになります。



 様々な人々が、宇宙意識という極めて重要な体験について述べています。 その本質を言葉によって捉えることは難しいのですが、体験した人の中には、そのような瞬間にもたらされる、圧倒されるほどの強烈さと喜びを、何とかそれに近い言葉で伝えようとしてくれている人がいます。 そのような人の報告に、明確に述べられているのですが、もたらされた人にとってそれは、自身の人生で最高の体験になります。 完全な喜びと知識と命の明るい光の中で、あらゆる苦悩、葛藤、アンバランスが消え去ります。

 宇宙意識を、このように究極まで純粋に体験することは、殆どの人にとって、達成できる範囲を超えた事柄です。 しかし、私たちは誰でも、ある程度であれば宇宙意識を体験することができます。 日常を超えたように感じる瞬間、つまり、心が高揚して我を忘れ、穏やかさと喜びを感じる瞬間を、殆どの人が時おり体験しています。 このような体験は、人生が輝く瞬間であり、強烈な幸せを感じる瞬間です。 それは、儚く、束の間の体験であり、本物の宇宙意識には、強烈さも喜びもはるかに及ばないのかもしれませんが、それでも、宇宙との合一に見いだされるような忘我の喜びを、しばし垣間見た瞬間であると言うことができます。
 また、とても幼いときにそのような瞬間を体験したため、大変な努力をしなければ、その瞬間を思い出すことができない人もいます。 しかし、その体験の名残は、下意識にいつまでも残されており、そのため、今までに知り得たいかなるものよりも、さらに偉大な何かが、おそらく存在すると考えるようになります。

 この体験がもたらす意識の明晰さと〈光〉は、狂ったようなスピードで営まれる日常生活の中で、あまりにもしばしば失われてしまい、さまざまな活動と所有物というがれきの下に埋もれてしまいます。 ソウル(魂)は俗世のがらくたの下で、重荷を背負い、押さえつけられています。 日中の大部分の時間に私たちが従事している種類の活動は、心の深奥にとって重要な体験とは、わずかしか似ていないか、全く無関係です。 しかし、日常の経験の範囲を超えることを熱望している人間の心の内側には、何かが存在しており、時折ではあっても、無限の存在を垣間見ない限り満たされることはありません。 多くの人が、裕福で成功しているにも関わらず、不安を感じ不満を持ち続けているのは、おそらくこのことが原因のひとつでしょう。 私たちは宇宙意識と接する喜びを得たいと考えていますが、あまりにもしばしば、それを見いだすための方法を忘れてしまっています。

 しかし、宇宙意識と接する喜びは、それほど手に入れ難いものではありません。 超越の瞬間は、普通は自然発生的に始まるのですが、そのような体験が起こりやすくなるような状況や心の状態を整えることができます。 前もって必要とされる事柄は、人によって異なることもあります。 しかし、ほとんどの人は、これからご説明する条件を満たすことで、意識が高度な水準に上昇した体験を得る可能性を高めることができます。

瞑想という静かな時間

音楽を活用する

自然と交わり共感する



 私たちは、天から与えられた好奇心と知性を用いて、価値ある物事を多数なしとげ、豊かさを実現してきました。 しかしそれと引き替えに、自分と万物を結びつけていた、生まれながらの本能の多くを失ってしまいました。 そのような本能は、私たちを無限なる〈創造主/神〉へと結びつけているへその緒であり、もしそれがないとすれば、私たちは何の意味もない達成という名の海を漂流しているようなものです。 それゆえに、財産と権力という人工的に作られたものの真っただ中では、疎外感と絶望が蔓延するのです。 宇宙意識という特別な瞬間が、私たちには何としても必要です。 たとえまれにしか起きず、束の間のことであっても、その瞬間は、永遠なるもの、すなわち秩序ある統一を思い起こさせてくれます。 そして私たちひとりひとりは、この統一体の重要な一部なのです。 日常を超越し意識が拡大する宇宙意識の瞬間を体験するとき、私たちの創造力は強められ、人生に豊かさが加えられます。 それは、探求する価値が十分にある瞬間です。

(出所)バラ十字会日本本部AMORC


私たちを根本から
変える力
「真実」を知る
すべてに感謝して
信頼するという
「近道」
私の感情・言葉
・思考・行動が
現実を作る
「いかなる生命
をも害さない」
者になること