神と悪

お金の仕組み 愛も富も幸せも 思考の正体 自由を手に入れる おすすめ一覧
 M.ドーリル博士は、1963年に亡くなられていますが、「あの世」と「この世」を行き来でき、数々の前世記憶を持つ超人であったことは、多くの人が認める周知の人生の指導者だったそうです。

■永遠に謙虚に生きよ。人にはそれぞれの道がある。


■人生は思念、欲求、霊性によってつくられると知れ。


■ネガティブな言語と思念を除き、自己の内外の世界を調和させると身心によい変化がおこる。


真理の書

より

■無知こそ、全ての人間悪の根源である。神を知らないから利己となり、悪が生ずるのである。



■人間は神の分身、分光なのである。



■真我一体境、宇宙意識に達することが、人間の人生の目標なのである。


01 神は、今存在するすべての完全の総合凝集的完全そのものであるが、その完全性そのものは成長しつつある。 注釈
02 絶対神は名はなく、無限最浄光とも言うべきものである。 そこから無限光、無量光が出、絶対の聖なるものが出たのである。 注釈
03 最初は大虚無のみであって、そこには慣性の法則の様なもののみがあった。 その慣性法則が運動となって、最初の大浄光があらわれ、これは、隠蔽の隠蔽とも象徴的に言い、ホアとも言う。 我々の神たる宇宙意識はこの一面にすぎない。 注釈
04 神は無限大の円の様なものである。 その中心は、全宇宙の至るところにあるが、その円周はどこにもない無限円の様なものである。 注釈
05 イヨッドは宇宙意識からの信号(衝動)の受け手である。 イヨッドと宇宙意識との関係は、宇宙意識と物質界の関係の様なものである。 イヨッドの物質的表現が宇宙意識である。 イヨッドは無限空間に存在し、宇宙意識は宇宙空間に存在する。 注釈
06 イヨッドはアレクの魂(意識的意識)であり、アレクは宇宙周期を産んだ子宮の様なものである。 アレクの中で宇宙意識の体が造られたのである。 アレクは、全宇宙周期、あらゆるもののもとなのである。 注釈
07 宇宙意識、イヨッド(アレクの魂)、不可支持の松明持ち(ホア)などは、創造的神的意識の外的表現である。 注釈
08 聖なる霊性の基本性質は光で、物質界のすべての存在は、どんな方法、形であろうと、光の凝集、結合の結果である。 電気でさえもそうである。 注釈
09 神をあらわす一つの完全な語としては真理であろう。 真理以外のものは存在しない。 信仰とは何かに対する一つの方法は、神を知ることである。 信念は取り去ることができるが、知識は取り去ることができないのである。 注釈
10 霊性は神そのものでない。 神の最高の性質である。 魂は神の属性ではない。 魂は神そのものの現れである。 人の魂は神の創造物ではなく、神の顕現なのである 注釈
11 原始人、野蛮人の考える神は、岩、光、木等、自然崇拝的な神で、神も自分らと同じような感情を持つと思うから、なだめたり、嘆願したりするのである。 注釈
12 理性の初段階を持つ未開人は、自然の秩序を認めるから、自然力の創造者・保持者を神と考える。 そして、このような存在を心像化するのであるから、彼らの神はまだ善悪二種に表されているのである。 注釈
13 文明人は理性で自己を認識するものであり、宇宙を認識し、自然力は宇宙法則のあらわれにすぎないと悟るようになる。 それは、気まぐれに善悪を造るものではなくて、むしろ、全宇宙には調和と秩序が存在すると思うようになり、その法則を知ろうと思うようになる。 自己自身が宇宙法の一部であり、有限界はより大なる世界の一部であると知る。 人は小宇宙、神は大宇宙と悟り、自己は無限体の一部だから、自己の存在目的と理由とがあるはずと推測する。 それがだんだん進んで人生の無限を感ずるようになり、人生の無限を意識するようになる。 こうなればもはや、感情をもつ神は否定してしまう。 神を法則とみるようになる。 感情によって動かされることはないから、自分自身が感情主義から理性主義、知性主義へと変わらねばならない。 注釈
14 宇宙意識は空間を永遠に動き、ネガティブ(否定・消極)を吸収して、ポジティブ(肯定・積極)へと変換し続けている。 注釈
15 神を肯定する者も否定する者も、ともに神の法則のもとにある。 注釈
16 心と魂の平穏さによってのみ、神を知ることができるのである。 すべての混乱は霊的なものから来るのでなく、物的なものから生ずるのである。 だから、物的なものを乗り越えるべきなのである。 注釈
17 神への同調には全力をそそがねばならない 注釈
18 完全を望むのが魂の本質である。 注釈
19 神はすべての人間の中にあるのであるが、すべての人間が神の中にいるのではないのである。 注釈
20 神が聖なる普遍性ならば、なぜ、物質界で神が見られないかとの質問に対する答えは、物質界では神の一つの性質、一つの表れを見れるのである、ということである。 注釈
21 偽りの神は一つもないという意味は、人は創造力を持ち、ある種の自然力や、仏像を拝み、自己の創造力で自己が内に持つ性質と力とを与えている。 その力は偶像の中にあるのでなく、その人そのものの中にあるのである。 そして人は、自己のものであるところの力を表現発揮しているのである。 注釈
22 神は知識や知恵では分かることができず、同調することによってのみ神の存在が知れるのである。 注釈
23 無限は有限に入れない。海水が水滴の中へ入れないように。 注釈
24 人は、神のようになるほかに神に近づく方法はない。それは、調和と生命と愛と正しい想念をもつことである。 注釈
25 神は真理への多くの道を持っている。 いろいろな表現方法で神を表せるのであって、この道でなければ神に至れないというのは、神は無限でないと言っているようなものである。 注釈
26 人が神のところへ行くのであって、神が人のところへ来るのではない。 人が神社仏閣、教会へ行くのであって、神社仏閣、教会が人のところへ来るのではない。 注釈
27 霊について思う場合に、言葉や図で限定してはいけない。 自己の内なる神を、どんな言葉であろうと限定してはいけないのである。 全身全霊をあげて、聖なるものを思わねばならないのである。 注釈
28 自分自身の分離の観念が、神はここにはなく、遠い向こうにあるとしているのである。 観念の障害が神と向こうとの間に作られているのである。 注釈
29 リラックス(ゆったり、弛緩)と静穏とがくるまでは神がこない 注釈
30 人生の二つの大きな鍵は、「神に従え」と「悪に抗するな」とである。 人生の二大障害は、「利己」と「ねたみ」とである。 注釈
31 三という形に表れた神。
太古の三位一体(神、真理、自由)
神の光の家の三神性(無限力、無限知恵、無限愛)
聖者の三力(悪の善への変質、善を助ける、識別)
神のなすこと(力、知恵、愛)
世界の存在状(神のみ、混沌、活動)
生物の存在状(死、自由、至福)
魂の道(人間、光、自由)
三障害(知識への努力の不足、神への不信心、悪への執着)
注釈
32 我々人間は、不秩序を秩序に変えるための、宇宙意識の道具である。 悪・ネガティブ(マイナス・消極・否定)経験・困難・苦労等は、我々が同化吸収して秩序化すべき混乱状(秩序の欠除)である。 斥けられた経験は、何回も何回もその人のところへやってくる。 注釈
33 神はごまかせない。聖なる力は買えない。 注釈
34 悪の起源は、無知と欲とであり、罪は心の障害である。 絶対悪というものはないのである。 罪人が許されるように祈るな。罪が消えるように祈れ。 注釈
35 唯一の罪は、神との不調和、神との調和の欠除である。 注釈
36 我々がネガティブ(消極・否定)と言っている力は、調和への変化の過程にある超空間の不調和に過ぎない。 イヨッドから最遠の宇宙意識で部分的に同化され、それがヤーキマという伝達路に沿って、他の宇宙意識へと通りながら、だんだん同化され、イヨッドに還されるまでに浄化されるのである。 イヨッドへ秩序化したものとして入ると、それが別の宇宙意識として使われる。 注釈
37 秩序も不調和も、はじめは、光をかかげる者(不可支持の松明持ち、ホア)から出たもので、基本的には同一のものである。 その違いは、ホアと調和したイヨッド(調和)は、ホアのインパルス(命令)をうけられるが、不調和はこれができないということである。 注釈

「聴きものがたり」より